 コインロッカーベビー
都市伝説の一つ
ある未婚の女性が子供を出産した。子供を一人で育てていく事ができないと判断した彼女は、その子供を駅のコインロッカーの中に入れてしまった。そしてロッカーのカギを駅の排気孔の中に投げ捨てた。
それから5年の歳月が流れた・・・
彼女があの子供を捨てた駅のコインロッカーの前を通りかかった時の事。 幼稚園児ぐらいの子供が一人、コインロッカーの前で声を上げて泣いている。 可哀想に思った彼女はその子供に話しかけた。「どうしたの、ぼく?迷子になったの?」 しかし、子供はますます大声で泣きわめくばかり。困った彼女は質問を変えた。 「お父さんはどうしたの?」 子供は泣くばかりで答えない。「じゃあ、お母さんは?」 すると子供は突然泣きやみ、彼女まっすぐに睨みつけてこう言った。 「おまえだ!!」
 考察・背景
コインロッカーベビーは実際に起こった事件。 1972年の新宿駅西地下のコインロッカーから新生児の遺体が発見される。 犯人は結局見つからず、迷宮入りとなってしまった。これと似たようにコインロッカーに自分の子供を捨てる事件が何軒か起こったために、一連のこどもたちを「コインロッカーベビー」と呼ぶようになった。
◆追加情報(ブローカー様より)
正確には1970(昭和45)年2月、渋谷の東急百貨店西館1階のコインロッカーが最初のようです。 この時は捨てた母親は全国指名手配されています(捕まったかどうかは不明)。 ――同年2月3日「毎日新聞(夕刊)」、同年2月9日「朝日新聞(夕刊)」 駅のコインロッカーとしては同年7月、浅草駅が手元のメモでは最初ですね。 ――同年7月14日「毎日新聞(夕刊)」
鉄道弘済会によりますと、コインロッカーは1969(昭和44)年10月に、名古屋駅にできたのが最初。続いて翌年、東京駅にできて以来、全国に普及。 つまり、全国に普及すると同時に「死体捨て場」として利用?されていたワケで、正にコインロッカーの歴史はそのまま“コインロッカー・ベビー”の歴史。
コインロッカーを「死体捨て場」にした事件は1970年2件・71年3件・72年8件だったものが、73年に一気に急増。同年は4月末までで13件――何と10日に1件の割で、コイロッカーから死体が発見された計算!! 急増の原因は、どうも73年2月に国鉄(当時)大阪駅西口コインロッカーで男性の首が見つかった事件がきっかけのようです(その後、近鉄阿倍野橋のコインロッカーで足が発見される)。 ――同年5月6日「毎日新聞」 手元のメモによると、その後も“コインロッカーに赤ちゃんの死体”が毎月数件、報道され続けていたようです。
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