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2008年03月13日

雀と墓石

草むらの折り重なる枯れた茶色に緑が混じり始めると、
握りしめた手にも汗がじんわり滲み始め、
あ、春かしらと
いつものマフラーもチクチクと毛糸が刺さって痛い、
重厚感に違和感のあるコートも手袋も、
ただの潔癖の過剰防御のように思える季節になりました。

秋の枯れたススキが高く折り重なる、
足の踏み入れ場のないような草むらに、
モーゼのようススキが避けた道があります。
その先には、墓場とも言えない墓石群が10程、
青空と、枯れたススキだけをバックにあっけらかんとあります。

1つの墓石に群がる雀は、
墓参り後に残された、お団子やら花の種やらをチュンチュンと、
学生一同大集合のごとく、押し合いへし合いつつきまわっている様子。

私には、墓石を見て思い出す人なんて1人もいないのですが、
ふだんからお世話になっている、あの人もあの人も、
いつか、みんなポイポイとこの中に入ってゆくのかと思うと、
何だかとても感心してしまって、とっても澄んだ清らかな気持ちになってしまいます。

墓石と、枯れたススキと、群という程群がる雀はよく似合う。
欲がちっともないんですもの。
押し合いへし合い、馬鹿みたいにお団子をつまんでは吐き出し、
また同じのをつまんではあさっての方向を向き、また吐き出してやがる。

私には雀になりたいと思った時期がありました。
いっそ気違いになって、楽になってしまいたかったのです。

もとい、私は素直になりたかったのです。

雀がばたばた慌てだしたので、
あっ、そろそろ帰る時間かしらと、
墓石を背にし、再びススキの裂け目に挟まれ、
その中腹程で、名残惜しく墓石の方に目をやると、
まだ冷たい墓石の後ろから、
口をモゴモゴさせた汚い野良猫がにゅっと出てきたので、
何だか涙がポロポロ出てきました。

2008年02月14日

微笑

[1]
山にぐるぐる巻き付く螺旋状の道路、
登れば登る程、田畑も家も小さくなって見晴らしがよく、
舗装の悪いギザギザ付きの道路に、
ポッケに入れてきた青や赤のビー玉を、
ガチンガチンと転がせば、
白い道をふらふら斜断して、すぐに絶壁、
ガードレールを潜って、次から次へとアーチを放って下の薮に落ちてゆく、
微笑、結局、それにみんな憧れてるんです。

[2]
町で出会う小動物には、思わず微笑。
にんまり笑った笑顔で振り向きます。
だって恐いんですもの。
スズメだって、小麦をつつきながらも、
虎視眈々と私の目玉を狙っているわけだし、
野ネズミだって私の足の指を爪も残さずかじるつもりで、
物陰をこそこそ飛び回っているわけだし、
バッタだって口から黒い毒を吐きます。

ただただご機嫌を損ねてしまわないように、
額に粒のような脂汗をたんまり溜めて、
真っ青な唇をがたがた震わせ、歪む口の端は微笑。
微笑なんて、みんな嘘っぱちなんです。とりつくろってるんです。

[3]
幼い頃、仏壇の奥に輝く、金色の小さなお釈迦様の微笑が、
かわいくって、かわいくって、
いやらしさも、嘘っけも何もなくて、
もうそれは雑草のようなキレイな微笑。
ぼろぞうきんの微笑、蝉の抜け殻の微笑。
掬われたいが為に、こっそり仏の間に忍び込んで、
うっとり頬に手を当て、柔らかい口の端、
ミカズキのような緩やかなアーチを描く、やさしい目を、
華奢な腕を、いつまでも、畳の間に立ちすくんで見つめる少年。


だから、私は、とっても微笑が上手になったのね。
いやらしい、モノ乞うニヤニヤ笑い、
取り繕うためのガチガチ震えた恐怖の微笑。
ただ、ビー玉を高い所から落っことした時の、
ひゅっと心臓を一瞬心臓を掴まれるような緊張、
その後の微笑だけが本物。きれいでしょ。

2007年09月17日

ピアノ

未来の人が、この時代を語る時、
未来の人は、この時代の事を何と罵るのでしょうか。
この時代に文化の発展はありません。資本主義的な文明機器の開発ばかりで、
CPUのスピードは年々上がるばかり。液晶テレビは大きくなるばかり。とってもつまらない事です。
未来の人は、この時代を何と呼ぶのでしょう・・・。

そんな事ばかり考えていたら、胃潰瘍になりました。
しばらく実家で療養しておりました。お久しぶりです。


実家には、大きなピアノがあります。
音楽室の先生が弾くようなクソ大きなものではなく、黒塗りのタンスのような形で、
土壁に背中合わせで置かれ、掛け軸の掛かった和室の居間に不自然に佇んでいます。

あの当時の母というものは、どうして、クラスの音楽会で、
ピアノ弾き係に任命される女子に、我が娘をそうしたいと願うものなのでしょう。

もう10年以上も前に、母が妹のために相当無理をして買った真っ黒なピアノ。
ピアノなどより、“リボン”や“マーガレット”に夢中の不良な妹には、ピアノの教室は長く続かず、
結局、すぐに置物になってしまいました。
ピアノには夏物は収納できません。口は悪いですが、まったくの木偶の坊です。

先日、めずらしく遠出をした時、旅先で真っ白なリコーダーを購入しました。
YAMAHA製なのですが、艶やかな乳白色が、まるで陶器みたいにお上品で頼もしく、
その美しさに思わず惚れて購入しました。
早速、近所の公園で吹いてみたのですが、上手く風のように澄ん流れる音が出ず、
結局、通りすらりのカップルに会釈され、虚しくなったのでやめました。

薄暗い明かりしか入らない和室に、花柄の模様が入った汚い布を被せられ、
もう家族にも目の端でしか見られなくなったピアノを、
私は思わず弾いてみたいと思いました。

汚くなった厚手の布を、ホコリが飛ばないようにそっと右に寄せ、
ゆっくり黒い重たい蓋を持ち上げひらいたピアノ。
中からは、とても白くて綺麗な鍵盤が歯を並べます。

公園で乳白色のリコーダーを弾いた時、
どの穴が“ド”で、どう押さえてゆけば“シ”までたどり着くのか分かりませんでした。

目の前に並ぶ、綺麗な白い鍵盤の歯達。どれが“ド”なのかしら。
この中に、“ド”が2・3個隠されている事は知っています。
黒い鍵盤はハズレの印。目印のシールは貼ってありません。
私は、勘には自信があります。
だってあの日、偶然にも私は鮎次郎と再会し、幸せになったのですもの。
私は思い切って、ちょうど真ん中の位置にある鍵盤に指を置きます。
恐る恐る、指に力を入れると、ギシッと歯が沈んだ後、トンと高くて重い、
部屋の空気全てに響くような音が鳴りました。
コレは“ミ”かしら、“ラ”かしら、私にはそれが何音かもわかりません。

試しにもう一度3つ隣の歯に指をかけギシッと押し込もうとした時、
ガラッと部屋の扉が開きました。
「何しとん?」母が全く理解できないような不思議そうな目でこちらを見つめていました。

私は、母につまらない事をしている所を見られたのがとっても恥ずかしくなり、
そのまま真っ黒なピアノの扉を閉じる事しかできませんでした。

2007年06月01日

ドウナッツ


私は、ドウナッツを乞う時、実にイヤらしいニヤニヤした顔をします。
それは、いい歳こいてドウナッツを欲しがる様子をが気恥ずかしがっているのではなく、
単に私が育ちが悪いせいで、あんなにイヤらしいニヤニヤ顔をしてしまうのです。

幼き頃の私は、ドウナッツ1つ貰うのに、必死の努力を尽くさねばなりませんでした。

母はいつも3時の頃になると、コタツの上に大きなおしりを下ろし、下品に足を組み、
皿に盛ったドウナッツを、イヤらしく親指と中指でつまみ、
顎を斜うえに上げた口に勿体ぶったように運びます。

そのイヤらしい食べ方に、図工の教科書で見た腹の弛んだ裸婦の銅像ような、
イヤに艶かしい肉質的な生々しさを感じ、
彼女が口にするドウナッツにすら、艶かしい魅力を感じたのです。

「ドウナッツおくれ、おくれ」私は恥ずかしそうに言います。
「○○寺まで走って帰ってきたら、あげよう。」
○○寺とは毎年秋祭りでお神輿の集まる、家から2キロもあるお寺です。
なぜそんな所まで無駄に走らなければならないのか。
「うん」と言って幼い私は家から飛び出します。

私は幼い頃、このように無意味な労働によりドウナッツを口にしてきました。
帰ってきたらもうドウナッツが無かった事だってあります。
風呂の掃除をさせられて、もうドウナッツが無かった事だってあります。
大きな石を右から左へ、左から右へ何往復も運ばされた事だって・・・。

私は、今でもドウナッツを乞う時ニヤニヤとイヤらしい顔をします。
大人の私のニヤニヤは、きっとマゾヒストのイヤらしい物乞う顔だ。

2007年02月08日

転倒

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平和にのほほんと昨日のようにご飯を食べ、
労働に勤しみ、おふとんで眠る今日の私。
「あら、少し太ったかしら」「ちょと痩せれたかしら」と、
私にはそんな事しか気にすることがなく、
日常の大きな変化といえばこの程度のものでしょう。
「バカー!!」と叱りつけられれば、
それだけが大事件となり、1週間も2週間もその話ばかりしつづけます。

そんな私がハトに襲われ、自転車で転倒しました。
手から地面に転落したため、
手の平の皮が擦り剥けて、所々滲むように血が出ています。
「ト」の形をした交差点にて、ポッポとどこぞの淑女の蒔いた米を、
突くハトが群がる道路に、「I 」の道路を車が通過し、
「 -」の道からやってきた私の方に、
14〜5羽のハトが、驚いて低空飛行で逃げて来たのです。

先月のカレンダーを持ってきて、適当に指止したこの日、
その日と何の代わり映えのしない毎日を送る私ですから、
ハトの襲撃は「大自然が牙を向く」と表現しても、
何の大袈裟でもない、大事件なのです。

あぁ、ハト恐い。私はすっかりハト恐怖症になりました。
ハトは何を考えているのか、さっぱり分かりません。
ただのバカも、度を超えると、こんなにも驚異的なものなのですね。
空っぽな頭の中に、ハトには1秒先の自分の行動すらも、
詰まってはいないのですから。

空っぽの頭で、無機質な目で、
ただ無意味にポッポと頭を前後に揺らすハト。
おお恐い。ハト恐い。

2006年11月02日

おいしいオムライスの作り方

私は、オムライス作りに関しては『名人』であると自負しています。
ただ、あらかじめ断っておかなければいけないのですが、
チキンライスは、ちょっぴりヘタクソです。なんだかベッチョリします。

そもそも、私の物指しで言わせていただくと、チキンライスはとっても難しいのです。
フライパンをしっかり温めなければ、ケチャップごはん(あぁ、なんて貧乏くさい響き。トマトソースごはんと言えばよかった。。。)のようにべったり濃厚なものになってしまうし、
フライパンを温めすぎれば、ケチャップが焦げてニガごはん(あぁ、なんて貧乏臭い響き。オコゲごはんと言えばよかった。。。)になってしまうのです。
火の怖い私にとって、その針の穴を通すような温度調整は、何層に努力を重ねようと苦労が報われない、まさに巧み技なのです。

私は、卵のベッドを作るのが、とっても上手なのです。
なんと言っても、学生時代のバイト先で、セクハラばかりしていてクビになってしまった社員さんの(いい迷惑だったのですが“愛弟子”と呼ばれていました)直伝なのですから。
半熟のオムレツの繭を、そっとチキンライスの上にのせ、
繭の川をフォークでスッと横に引けば、トロトロの卵のベッドが広がります。
おいしそうでしょ。
今時の男子は、料理の一つでも出来なければモテる事も叶わず、
行く末の孤独死は間逃れる事はできません。現代の男子は、料理作りに命を賭けなければいけません。

人にモノを教えるのはヘタですが、ココでその半熟オムレツの繭の作り方をご享受。


『半熟オムレツの繭の作り方』

1.フライパンを丁度いいくらいまで、温める。バターも入れて、
   菜箸で「バター溶かし遊び」をして遊び心と取り入れる。

2.卵の殻を上手に割って、入れて、ちょっと焼く。

3.ぐるぐるかき混ぜて、固まってしまう前に、慌てて丸める。

出来上がり。愛しのあの娘もゲット。



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しゃべる!DSお料理ナビ 任天堂

機械のくせにしゃべる、らしいです・・・。
まったく恐ろしい時代が到来したものです。
未来の人は、この時代を、第二次暗黒時代と呼ぶかもしれません・・・。
あぁ、それにしても、こいつの方が、口ベタな私よりおしゃべり上手だったら・・・、
そう考えると、とってもモテたくて、だからコレが欲しくっても、
買う事ができません、生きていく事ができません。

2006年10月20日

ティファール回想記


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勢者必衰とは、よく言ったものだと。

ティファールは、かつての私にとって大きな憧れでした。
私にも、一般の少年のごとく、
パラパラのチャーハンに憧れていた時期があったのです。

おいしチャーハンのため その1
フライパンはカンカンまで熱するべし。

わたしにはそのカンカンの度合いがよく分からなかったのです。
でも、ティファールは、そのカンカンを教えてくれる。
パンのまん中にある赤いマークが、カンカンになると消えるのです。
若い私は、コレは、NASAの仕業だと思いました。
メイドインジャパンじゃダメだ、アメリカの仕業だと。
アメリカ製だと、思えば思うほど、憧れは膨らみます。

私は、18なのに、すっごいダダをこねて親にティファールを買ってもらいました。
至福で私は満たされました。


しかし、昨日見てしまったのです。
近所のジャスコ系スーパーで、ティファールは、
まるで靴下のようにワゴンに詰まれ、叩き売られていました。

ワゴンに積まれた、破格のティファールに、
買い物客達は、全く振り向きもしません。
20年前の美人が、今のオバサンであるように、
時代が・・・変わったのです。
若い内に華咲かせれただけでも、ずいぶん、マシだと。

2006年10月18日

テム・レイの憂鬱

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仕事の合間は、屋上で気をヤキモキさせます。
うまくいかない時なんかは、屋上のツツジの花を手で叩いて落として、スッキリします。
そのうち、ツツジが丸坊主になるのではないかと、小さな期待も募ります。

今日も、ツツジを落としてやろうと、ヤキモキしながら屋上に上がったのですが、
屋上で、なんとたまげてしまいました。
テム・レイがいたのです!
テム・レイとは、みなさんご存知かとは思いますが、
アムロ・レイの父の名です。(参考:『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』)
しかも、職場の屋上にいたテム・レイは、テレビの中で見たのとは打って変わって、
威張りちらしているわけでもなく、呆けているのでもなく、
なんだか、とって悲しそうでした。

きっとアムロが、テム・レイ回路(これを装着すると、ガンダムが強くなる(テム・レイ談))を
アスファルトに叩き付けて壊してしまったのを知ってしまったのでしょう。
テレビでは描かれていなかったのですが、あんな家の目と鼻の先で壊してしまっては、
見たくなくても、見つけてしまいます。

屋上のテム・レイ。
生も魂も尽きたような表情で、放っておくと死んでしまいそう。
肩に手を当て、「ガンバ」とでも、声をかけてやるのが、人情というものです。
でも・・・、私にはできません。
憧れのテム・レイに、不意にこんな所で、出会ってしまったのですもの。
足がすくんでしまって、額の汗が止まらなくって、
屋上に、ツツジなんか落としにやってきた、自分自身が愚かで、
全く動けなくなってしまいました。

心の貧しい男、中村マスオ。その人間的器量は、1デシリットルにも満ちません。