帰ってきた鮎次郎(後編)
ゴローさん(ペルー人のルンペン)が連れてきたルンペンは、
その手に、どこかで拾ってきたような汚い荒縄を握っていました。
そして荒縄はだるく地面に垂れ、15メートル程さきの閉じられた井戸まで、
蛇のようににょろにょろと気味悪く地面を這っていたのです。
ルンペンは田んぼの土で汚れたような汚い拳を(そのルンペンの指先の皮は擦り切れたように傷んでいるので、きっとこの男は田んぼや畑を荒らして食料を確保しているのでしょう)返して、ほつれた荒縄をギューっと握っているのです。
荒縄の終わり、15メートル先には一匹の猫が井戸の回りの湿った土を掘ったり嗅いだりしていました。
私は目を疑いました。
あれは間違いなく、鮎次郎です。
私は、蠅のいこびりついたトリモチを放り出し、鮎次郎に駆け寄りました。
その時、私の足がゴローさんに引っ掛かったので、
ゴローさんは賽銭箱のある階段を3段程転げ落ちうずくまってしまいました。
井戸の傍にいた鮎次郎はガリガリに痩せており、皮膚病にかかったのか体の所々が禿げ、
荒縄の括りつけられた首の回りは擦れて毛が抜け落ち、赤い皮膚が丸見えになっていました。
鮎次郎の目はもう野生の目にかえっていました。痩せて以前より小さくなった拳程の大きさの頭に、
恐ろしい狂気を宿した大きな2つの目がギラギラしています。
私は鮎次郎を抱こうとしましたが、鮎次郎はまるで私を噛み殺そうかという目で私をぎらぎら睨み、
私の目を離さないままスッと後ろに飛び退きます。
その時、「ニャンジロー!!」という甲高く弱々しい汚い怒号が聞こえました。
ゴローさんが連れてきたルンペンがすごい剣幕で怒っているのです。
「ニャンジロウを、きさま、食べるきか!」
「違いますよ、私はこの猫を抱こうとしたのです。これは私の猫なんです。」
「ウソをつけ!お前はこの猫を食べようとしていた。ウソをつけ!」
「猫なんか食べるはずないでしょう!人が猫を食うなんて・・、侮辱しないでください。なら、あなたは猫を食うんですか?」
「食う。」
私はこの一言を聞いた瞬間、まるで血が逆流するような激しい悪寒と怒りと侮蔑の念に襲われ、
目の玉が逆転してしまいそうな程、両足で踏ん張っても感情が抑えられなくなり、
思わず“もうっ”とルンペンの両肩を押してしまいました。
ルンペンはそのまま後ろに倒れて神社の階段をごろごろ落ちてゆきました。
鮎次郎は、私をギラギラ睨んだまま、私の親指の付け根を、牙を立てて血が出ても尚ゴリゴリ噛んでいます。
鮎次郎はきっと、また餌をあげれば私を愛してくれるはずです。
皮膚病を直してやらねば・・・。